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コロナ禍での不幸中の幸い【歴史的一致】 



コロナ禍にあった不幸中の幸い

思い出してください、3年前のコロナの流行当初。

コロナがどんな病か誰も分からない不安。

そんな、コロナに立ち向かっていた漢方医の中で、よく飲まれていた漢方があるのです。


それが補中益気湯(ほちゅうえっきとう)です。

補中益気湯は免疫力を高めるものです。別名、漢方薬の王「医王湯」と呼ばれています。実は、この補中益気湯の誕生は、戦乱と疫病の苦しみの中から生まれた薬なのです。


場所は中国。時は金元時代。

大陸の北方にあった金朝。

金朝は女真族によって統治されていました。


女真族は、農耕・牧畜・狩猟・採集・漁撈などに従事し、中国内地との間で朝鮮人参やクロテンなど獣の毛皮を交易などで発展しました。

活発な一面がありながらも穏やかな人たちが多かったと言われています。

しかし金朝の幸せな時代は長く続きませんでした。

金朝よりさらに北方地から勇ましい蒙古(元)が、金朝の都を襲ったのです。


さらに悪いことに、金軍の中で恐ろしい事態が発生しました。

城内で疫病が大流行してしまったのです。

約50日間で死者90余万人に達したと言い伝えられています。

蒙古軍が目の前に迫る中、金朝は絶対絶命の危機を迎えていました。

この時、金朝に一人の天才医師がいました。その名は「李東垣(りとうえん)」。


李東垣は現代の漢方にも大きな影響を与える名医です。

彼は、私たちが経験したコロナの何十倍も何百倍も危機の時に蒙古軍に包囲され絶体絶命の中、ある書物の草稿を作り上げていました。

それが、現代にも読み継がれる名著『内外傷弁惑論(ないがいしょうべんわくろん)』です。

そして李東垣は、この本の中である処方を立案しました。それが「補中益気湯」です。


 

兵士の感染症を治療した薬補中益気湯


補中益気湯は、歴史的に見ると蒙古軍襲来と金軍内の疫病流行という状況下において創立された処方です。

すなわち、補中益気湯は過酷な労働を強いられていた兵士たちに起こった感染症を治療する薬として使用されていたのです。李東垣が国と市民を守るために命を懸けて作られた奇跡の漢方薬と言っていいと思います。


その様な思いのある漢方薬なので、800年も飲み継がれ多くの人の健康に寄与し、”医王湯”と呼ばれるようになったのです。

振り返ると、コロナ禍当初に医師たちが、補中益気湯を飲んで戦っていたのと金朝の兵士が補中益気湯を飲んで戦っていたのが重なります。


 

コロナ禍、医師が免疫力アップのため飲んでいた




コロナ禍にあった不幸中の幸いとはどういうことかというと、医師が免疫を高めるために補中益気湯を飲んでいることが一般の方に口コミで広がったことです。


一般の方にも、補中益気湯の素晴らしさが広がったことは不幸中の幸いと言わざるをえません。

漢方薬の王と言われる、補中益気湯は疲れがたまって体調が思わしくないな、という時に気軽に飲んでいただける漢方薬です。

免疫力を高めてくれ元気にしてくれます。


是非、800年以上も飲み継がれている漢方薬【補中益気湯】(ほちゅうえっきとう)を家庭の常備薬としておいてほしいと思います。


【補中益気湯】はこんな方におすすめ

●深く眠って疲れをリフレッシュしたい方に。

●忙しい日々で体調を崩したくない方に。

●大切なイベントや受験前に体調を整えたい方に。

●疲れが溜まり、集中力が続かないと感じる方に。

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